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near2図書館 館長こと、にゃんちー。私の読書感想文と、頭の中の本をご紹介。日々の徒然(凸凹日誌)

今日の徒然【凹凸日誌】

こんばんは。にゃんちーです。

気が付いたら3日もblog書いてなかった!まあ!

 

今日は日記。完全に雑記blogと化してる。

基本的には読書感想文で成り立たせたいのだが、インプットが追い付かないのである。

 

さて。

ADHDにASDの私がどんな生活をしているか、お薬でどんな感じなのかを少し書きたいなと思ったので徒然と。

 

 

 

私は今のところ、おおむね月に1度の通院。(ぶっちゃけめんどくさい)

先月の通院時に、ADHDの薬のみならず、抗うつ剤が処方された時の話。

それから今日の診療の話。

 

 

抗うつ剤で鬱になった

そうなの。そういうこともあるの。気を付けてね。

 

先月の処方で抗うつ剤がだされて、そのあとの1週間、私は、ほぼほぼ死んでいたのだ。

朝が来ると痙攣して震えが止まらなくて、訳もなく涙がぼろぼろでてきて、仕事いかなくちゃという焦りからか希死念慮(死にたくなる)。

結果、欠勤。

家から一歩も出たくなくって、かといって何か他の事も出来ないという日々。

ご飯も食べたくなければ、お風呂にも入れない。しまいにはベッドから出るのも必至なのでトイレも我慢しちゃったり。

本当に散々たるものであったのだ。

 

 

そういえば、この感覚、前もあったな

実際のところ、ADHDから二次障害で鬱だし摂食障害。

もうそれは事実なので、諦めにも似た気持ちで今の自分のことを受け入れている。

 

心と思考がちぐはぐしているうちは、ドツボにはまる一方で全然良くならないんだ。

これはあくまで私の経験上だけれど、頭では頑張らなくちゃ!頑張りたい!と思っていても、心が追い付かないので、体がついてこない。

そうやって頭と心がチグハグのうちは、全然体が応えてくれない。

心と体が「無理だよ。嫌だよ」とサインを出しているのに、頭優先で無理をする。

そして悪化の一途を辿る。

 

実は私、鬱と言われたの、これが初めてではない。

新卒で入った会社で、2年目から3年目に差し掛かるあたりで、一度、摂食障害からの鬱を経験している。

その時、自分が心療内科にかかるまで1年くらいかかった。(今回もだけど。笑)

その間どうしていたかといえば、あちこちの内科を渡り歩いていた。

最終的には地元で信頼している内科に辿り着き、毎週のように処方箋をかえてもらって、最後に言われた言葉がある。

 

「この薬でダメだったら、他の病気を疑ったほうが良い。心療内科にいきなさい。」

 

当時はどういう意味なのかさっぱり分からなかった。

 

結局その処方箋で摂食障害は改善されず、言われた通り、しぶしぶ心療内科に行った。

そこで言われたのが、軽い鬱。

内科の先生は、鬱だと気が付いていたんだと思う。

軽い鬱って言ったって、そもそも重い鬱を知らないし、鬱初体験だったので、感覚的にはよく分からなかった。

 

そこからお薬が決まるまでの数か月、地獄みたいだったのだ。

週一で心療内科に通い、問診の結果、毎回処方箋がかわる。

お薬が変われど、変われど、良くならない。

良くならないというか、悪夢でうなされたり、突然泣けてきたり、イチゴ1つ食べただけで胃痙攣になって冷や汗でたり、最終的にはやっぱり「死にたいな」に辿り着く。

それでもそれを振り切って、会社に行っていたんだから、今思うとどうかしていたなあと我ながら思う。

 

で、今回の抗うつ剤で思い出した。

あれ?これ、前にもあったなって。

今通っている病院に、抗うつ剤を飲んでから自分の様子がどうにもおかしいのだと、電話で相談してみた。

病院に来なさいと言われれば行ったのだが、それすらしんどかったのだ。

幸い、電話で対応してくれて、「抗うつ剤、やめてみましょう。やめても具合が良くなければ再度連絡ください。」と言われて今日に至る。

抗うつ剤をしばらく飲んでいたので、お薬が体から抜けるまでの時間もかかって、つい最近やっとこさ元に戻ってきた感じ。

少なくとも、痙攣はしないし、朝からボロ泣きすることもないし、希死念慮もない。

 

お薬少ないほうが、元気だね

今日の診療で、そういえば前も鬱って言われて、お薬決まるまで散々な目にあったんだという話をした後に、先生にこう言われたのだ。

「抗うつ剤、やめよう。お薬少ないほうが、元気だね。」

 

いやあ・・・。と思わず口をついて出たわ!笑

だいぶ元に戻ったから、今は笑っていられるけれど、私モルモットじゃないわよ。

その処方箋で散々たる日々を送ったんだからな!もうっ!って思ったわ。

お薬迷子になる前に、さっさとお薬止めてくれる先生で良かったとは思っている。

本当にずーっとずーーーーっと、適合するお薬が見つかるまでコロコロ処方箋変える医者もいるからね。前がそうだったけれど。

 

 

お薬の怖さ

鬱のお薬って色々あるんだけれど、自分にあうお薬に辿り着いた場合は、本当にかわる。生活がというよりも、人生が変わる、というくらい変わる。

でも、私の様にそこになかなか辿りつかない場合、はっきり言って地獄の迷路をさまようハメになる。

ここにお薬の怖さがあると思っている。

脅しているわけじゃないのね。でも、そういうこともある、というお話。

軽い、重いってあるんだろうけど、たいがい鬱の時は、正常な判断が自分で出来ない。

だからお医者さんが居る。

お薬飲んでて苦しかったら、まずお医者さんに相談してね。

 

そして抗うつ剤のように精神系の薬を勝手に止める怖さも、私は知っている。

実際に前の鬱の時に、もう大丈夫でしょって勝手にお薬飲むのやめて、線の切れたエレベーターみたいにストーンと落下して懲りた経験がある。

お薬が切れる時間になると、気持ちがするすると落ちていく感覚も知っている。

 

お薬は本当に一長一短。

あんまり苦しいようであれば、その薬を止めたい!と言うという選択肢があるんだよ。

 

 

医師との信頼関係

私は今の先生(通称プー)には、そこそこの信頼を置いている。

何故なら、私がADHDのお薬の副作用があまりにも酷くて、全然治療まで辿り着かなかったのだけれど、無理に薬を増やそうとはしなかったからだ。

患者の歩みにあわせてくれる医者ってあんまりいないと思っている。

ちなみに私は、ADHDの「治療」といわれるお薬量に達するまでに、半年以上かかっている。亀の歩みです。はい。

 

正直なところ、医者とて商売。

薬価(薬の単価)が高い薬を出したいだろうし、ある意味お薬依存してくれたほうが儲かったりするわけ。

本当だったら、もう病院に来ない、というのが一番の理想なはずなのだけど、精神系の病院では、薬そのものに依存していたり、精神的あるいは行為依存で通っている人も中にはいる。

でも、肝心の本人はそれに気が付かない。

 

セカンドオピニオンという制度もあるけれど、精神系の病院は特に、医師との信頼関係がかかせない。

それは腕利きかどうかではなくて、自分自身と合うか合わないか、だ。

気の合わない先生のところに通うなんて、ただでさえしんどいのに、もっとしんどくなるのだ。

 

ドクターショッピング、なんていう言葉もある。

例えばADHDのきらいがあったとして、ADHDだと診断されるまで、コロコロ医者を変えるというもの。

それも如何なものかと思うけれど、今通っている病院の先生と相性が合わない場合は、先生を変えてもらうとか、病院を変えるのも手だと思う。

 

 

お薬だけに頼るべからず

ADHDもそうだし、鬱も同じく。

結局のところ、お薬だけではどうにもならない。

無論、お薬に助けられているところは、大いにある。私に限って言えば、特にADHDに関してお薬でいわゆる「普通」という体感を知った。ずいぶん、気楽に生活できるようになったと感じている。

 

だけど、ADHDにしろ鬱にしろ、生活そのものの見直しが必要。

それが出来るようになるまではお薬の力を借りるしかない。

でもずっとお薬だけでは、絶対に壁にぶつかる。お薬止めた途端にもとに戻ると思っておいたほうがいい。

 

お薬の力を借りながら、少しずつ自分を取り戻していく作業が必要なのだ。

お散歩して気分転換してみたり、ストレッチして体と心をほぐしたり。

栄養があって美味しいもの食べて、体を労り、心も満たしてあげたり。

そもそも、ちゃんと寝る、とかね。

 

ADHDの場合はそれぞれ抱えている問題があるので、それに見合った生活上の工夫(ライフハック)が必要なのだ。

薬を飲み忘れないようにアラームかけるとか、生活すべてを習慣化するためにまずはルーティン決めて、タスク管理する。

お風呂入れなくなっちゃうくらい、無理して働かない、とか。

お薬以外のところで色々な手立てを打って、そうしてやっとADHDと一緒に生きていけるようになる。

かくいう私も、道半ばなのだけれど。

 

自分だけはちゃんと、自分のことを見てあげてね

鬱もADHDも目に見えるものじゃないし、経験者にしか分からない。それに、社会的にみても、鬱にもADHDにもかなり偏見があると思う。

普通だよ?って言われたり、もっと頑張れよって言われたりする。

いや、頑張りすぎて壊れたんだってば!って、今の私なら言い返してやれるのだが、渦中にいるとそうもいかない。

無視すればいいの一言につきるのだけれど、実際のところ無視するの難しいし、そういう言葉に傷つくよね。

 

でもね。そんな時は、ちゃんと自分で自分を見てあげて欲しい。

生きてるだけで凄い!って、自分を抱きしめてくれ。

 

どうせ誰も分かってくれない。

(あんまりこういう言い方好きじゃないけど、当事者はそう思っちゃうんだよね。)

 

だったら、自分が一番自分の良き理解者になってあげればいいんだよ。

いいのいいの。

人生にお休みは必要。

日本にはバカンスに行く習慣ないけど、バカンス中だと思っていい。

うつうつとした気分は嫌なんだけど、また頑張れる日がくるから、それまでの休息期間だと思えばいい。

ADHDや鬱の人って、無理しない、頑張らなくていいと言われても、出来ない自分を責めてしまう節があると思うのね。

だからGoogle先生があちこちで言っている、無理しなくていい、頑張らなくていい、とは私は言えない。そして、言わない。

だって自分が言われたら、一番嫌な言葉だもん。

 

ということで。

 

充分すぎるほど、頑張ってきたんだよ。そして今も頑張っているのだよ。

と言いたい。

 

同じような悩みを持つ、あるいは悩んでググった誰かのヒントになればいいなと思って今日はこれを書いた次第であります。

 

っていう、私の生活のルーティンが出来ていないので、この辺で。

お風呂入って、ちゃんと寝る!私は、そもそも、そこからやらねば。笑

 

またにゃん。