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near2図書館 館長こと、にゃんちー。私の読書感想文と、頭の中の本をご紹介。日々の徒然(凸凹日誌)

読むたびに発見がある絵本

こんばんは。にゃんちーです。

今日はやる気なし子さんなので、色々適当。そんな日です。

 

さて、今日の1冊は…またしても絵本です。

 

えんとつ町のプペル』 にしのあきひろ 幻冬舎

 町はえんとつだらけ。 そこかしこから煙があがり、あたまのうえはモックモク。 朝から晩までモックモク。 えんとつの町に住 むひとは、くろい煙にとじこめられて、 あおい空をしりません。 かがやく星をしりません。 町はいま、ハロウィンまつりのまっただなか。 魔よけの煙もくわわって、いつもいじょうにモックモク。 あるとき、 夜空をかける配達屋さんが、煙をすってせきこんで、 配達中の心臓を、うっかりおとしてしまいました。 さすがに視界はこのわるさ、どこにおちたかわかりません。 配達屋さんはさっさとあきらめ、夜のむこうへスタコラサッサ。 ドクドクドクドクドックドク。 えんとつの町のかたすみで、あの心臓が鳴っています。 脚本&監督:にしのあきひろ 参加イラストレーター・クリエイター総勢33名。 「信じぬくんだ。たとえひとりになっても。」―このメッセージに、日本中が泣いた!

 

 

幻冬舎のHPから拝借。物語の始まりがほぼ掲載されています。

というか、絵本全部を無料公開されています。とりあえず見てみよっかなって方、こちら↓をどうぞ。

 

 

別にキンコンの西野が好きなわけではありません。かと言ってアンチ西野でもありません。別に誰が書いていても関係ないんです。良い本は、良い。それだけです。

 

この本、実は頂き物。てへ。でもサイン入っているんだぜー!私の名前も書いてくれてあるんだぜー!ちょっとミーハーなんだにゃー。にゃにゃーん。

 

 

さて、本題へ。

 

この絵本、出版された時からずっとずーっと気になっていました。なのに買いませんでした。何故でしょうね…物事にはタイミングという、神の見えざる手じゃありませんけど、目に見えない謎のシステムがありますが、本との出会いにも、タイミングってあるんだと思います。

欲しいなと思うのに買ってないんよねー、なんて話をしたら、とある人が送ってくれました。

それはちょうど、色々と悩んでいる時でした。悩んでいるというより、患っていた時ですね…でも、どこか無理矢理にでも 一人でやるんだ!って決めて、人知れずこっそりと旅立ちの準備をしているころでした。

一人でやると決めたものの、正直不安でいっぱいだったし、やらねばならぬ作業と手続きの膨大さにげんなりしていて、これいつまで続くんだろう…と、面倒にもなり逃げたくなるような気持ちにもなる。

 

そんなときにプペルを読みました。

 

 

幻冬舎のHPに、全米が泣いた!みたいなノリで書かれていますけど(ちょっと陳腐な響きで嫌い…)

信じぬくんだ。たとえひとりになっても。

に、泣きました。笑

西野の思うツボじゃないか!と、今更思いました。けけっ。

 

 

大人が泣くようなことって、よっぽどないと思うんです。映画だろうが、小説だろうが、たとえ絵本だろうが。

 

絵本って子供向けだと思っている方が多いと思いますけど、大人が読むほうがずっと深く突き刺さることがあります。まだ何も知らない限りなく白い心の人(子供)よりも、社会の酸いも甘いも知り、喜怒哀楽の渦巻く中でたくさんの葛藤をしてきた灰色の人(大人)のほうが、より、色々なところが刺激されちゃう。そんなことがあると思います。そして、そういうモノは、絵本に限らず、本当に良いものなんだと思っています。

ある意味でバリアフリーです。

 

ルビッチが星を見に行く件(くだり)は、まだ見ぬ世界へ突き進む自分と重なって泣けてきてしまいました。よくできていると思います。本当に。

深読みすればするほど、色々な発見があります。

読むたびに、その時の自分が違うので、やっぱり違うところに気が付きます。

結構ボリューミーな文章なのに、不思議と読み手が自由に想像できる余白があります。その点で文章が巧みです。絵本なので誰にでも分かる優しい言葉で書かれているからかもしれません。

 

また、絵が本当に凝っている。絵を見るだけでもお腹いっぱいになります。

壁の落書きにQRコードがありますが、これ、ちゃんと読み込めました。どこにリンクするのかは是非ご自身で確認してみてください。

 

絵の背景やプペルの衣装などなど、あちこちに小細工がされています。遊び心いっぱいです。『ウォーリーを探せ』でも読んでるのかというくらい、絵を隅々までぜひ見てみてください。あんまりにも凝っているので、他にも何かあるんじゃないかと、舐めるように絵本を見る羽目になることでしょう…。

 

安っぽい小説なんかんかより、よっぽどメッセージ性が強い絵本です。それも読み手にとって響くところが違うと思います。それでも、どこを切っても響くというか、どこを切っても同じとでもいうのか、もう金太郎飴のようです。

 

よく炎上する西野の発言からすれば、わざわざ絵本だなんて遠回りしなくても、きっともっと端的に、ちょっと過激なつぶやきで発信できたと思います。それを何故絵本で発信したのか、気になるところでもあります。

でも絵本って、それだけでTwitterなんかに比べたら、誰にでも届く。いつか大人になるであろう将来の大人、つまり子供にも届くんです。うまいなーと思います。

 

ここ最近の私のバイブルは2冊あります。

1冊は先日、感想文を掲載したこの本。

 

nyanchii-no-hondana.hatenablog.com

 

 

もう1冊は、実はプペルです。

しばらーく、多分何か月も、すぐ読めるように枕元に置いていました。パラパラめくっては摘まみ読みして、じーん…としつつ、ほっこりして寝るというのが習慣でした。

 

西野のキャラはともかく、絵本は素敵ですよ。笑

(一言余分だな。でも本当にそうなんだもん)

 

物語を作るって、実は結構めんどくさい作業だと思います。

伝えたいことは1つ。それを様々な登場人物によって、あちこち寄り道しながら遠回りして、やっと結論にもっていくんです。遠回りなようでいて、その道を通らないとどうしても答えを伝えることができないわけです。たった1つのことを伝えるために、こんなにも遠回りをして(いるように見えるだけですけど)、緻密に筋道つけて書いていくんです。

それは、伝えたいたった1つの事を、どこまでも深く深ーく掘って、自分の中で考察して、たくさんのことと向き合う強さがないとできません。そして、それを誰にでも伝わるように嚙み砕いていくんです。苦いものをずっと噛んでいるの、私ならしんどいです…。

 

すごく勝手な私の推測ですけど、弱いものほど強く打って出ます。弱い犬ほど吠えるんです。ということで、実は西野は弱いんじゃないかと思っています。笑

強いふりをすることで、強くなっていくのも事実です。でも中身は結構繊細で、在り来たりな言葉で言えばガラスのハートなんだと思います。ただ、西野は、処世術を知っているというか、自分を守る方法も知っているので、強者なのだと思います。

弱いやつのほうが、案外本当の強者になっていく、そう思います。

弱さを知っているからこそ、でてくる台詞だと思います。

「信じぬくんだ。たとえひとりになっても。」だなんて。

 

だから弱いやつに寄り添える。それが本当の強さなんだと思います。そして、実は自分自身を信じるのが他人を信じるよりも難しい。この台詞でハッとしました。痛いとこをつかれました…本当に。私が私を信じてやらんで、どうするんだと。

自分だけは、自分が時々怠けていたり、ずるをしたり、嫌な奴になっているとか、そういうの全部わかってしまいます。そんな奴、他人だったら信じられないですよね?

ということは、そういう自分を信じるためには、自分自身が信じられるような人に変わっていくしかないんです。結構ハードっす。

 

と、ぎゅーっと中身の詰まった絵本でした。

 

絵が好きなので、原版欲しいです。展覧会やってるような大きいのじゃなくていいんだけど、原版、売ってくれないかしら。っていうかもしかしてパソコンで描いてたら、原版も何もないじゃないか!それはそれでつまらないにゃー…。

 

 

今日の1冊はこの辺で。

西野の『えんとつ町のプペル』に関しては、感想文とは別に美術の視点からの考察をどうしても書きたい!私のこの推察は結構いい線いってると思うのよねー。ということで、これについては後程!本日あげます。はい。

 

またにゃん。