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near2図書館 館長こと、にゃんちー。私の読書感想文と、頭の中の本をご紹介。日々の徒然(凸凹日誌)

仲間と共に大航海の旅にでる【読書感想文】

おはようございます。にゃんちーです。

信じられないくらい早起きしたので、そして昨日は興奮冷めやらぬままに我慢して寝たので、今書いております。

くそが付くほど寒いです。指先が…。何せ朝の4時だぜ。

 

さて、今日の1冊。

Twitterではこの本で、大いに賑わっておりますね。

 

 

『新世界』 西野亮廣 KADOKAWA

最初あるいは最後の文章で泣いた方が多いことでしょう。

泣けるビジネス書、というある種の売り込み文句で飛びついたミーハーさんは、多分なけないのだ。これを読んで泣いた人、それには訳があると思うの。

 

紹介につきネタバレ。悪しからず。

ただ、今回この本については、私はすでに『魔法のコンパス』も『革命のファンファーレ』も読んでいるし、絵本『えんとつ町のプペル』も読んでいるので、初めて西野さんの本を読んだ人よりも、感動は少ない。

そういう訳で、もしかしたら、感想文が極端に短くなるかも。という前置きを。

 

あらすじ

「キミに必要なモノは『勇気』なんかじゃない。『情報』だ」
常に挑戦を続け、常に注目を浴び続け、本を出版すれば全作ベストセラー。同世代を中心に圧倒的な支持を集め、自身が運営するオンラインサロンは国内最大。

時代を牽引する革命家・西野亮廣が語る「一歩踏み出す為に必要な情報」とは?

そして、西野亮廣が見た『新世界』とは?

今、世の中で何が起きていて、二年後に何が起きるのか?
西野亮廣がキミに語りかける、“学校では教えてくれない”これからの時代の生き方。

「大丈夫。まだ間に合う」

 角川さんのHPよる拝借。

これ、最後の「」、「大丈夫。いけるよ」のが良かった気がするんだけど、敢えてなのかな??

 

と、これでは分かりづらいと思うので補足。

ビジネス書ではあるのですが、西野さんの現在とこれからの時代考察、仲間の集め方、今後の展望といったところです。章立てはたったの3つ。

・貯信時代

・オンラインサロン

・新世界

 

どれについても、今まで西野さんがやってきたこと、絵本だったり、企画したイベントだったり、クラウドファンディングを使った時のことだったり。

自分の経験してきたもの、出会ってきた人とのエピソードから、僕はこう考えるんだよね、僕はこう思たんだよね、という具合に話が進んでいきます。

西野さんの気持ちが入っているから、語り口調なのも相まって、読みやすいです。

というか、引き込むのが上手いな!と思いました。

 

貯信時代 信用がお金を生み出す

信用を直にその場で換金できませんが、信用を稼いでいくとその先にお金があるって話。

信用を稼ぐって、物を売るよりキツイと思う。だって絶対に個人勝負だし。

会社だって信用時代だけど、会社の場合、社員は会社という看板を背負って(時のその権力を借りて)働いているんだけど、それを忘れてしまうとたった一人の社員のせいで会社そのものの信用を失いかねない。

ほら、やっぱりどこに属していようと、信用は、個人勝負なのだ。

中身がないやつは、振り落とされていく。社会で取り残されていくってことだと思う。

 

この章の中で、西野さんは

クラウドファンディングやオンラインサロンといった「個人の信用を換金する装置」が次から次へとポコポコ登場している。

信用さえあれば、お金が作れるようになってきた。

『信用持ち』は現代の錬金術師とも言える。 

と、書いている。

西野ファンは色々とご存知なはずなのだが、まだ巷ではオンラインサロンなんて、西野さんとかホリエモンとかくらいしか知らないかもしれないね。

でも、Twitterやブログ界隈なんか本当にそうなんだけど、成金ならぬ成信(勝手に命名)みたいな嘘くさい偽物もゴロゴロ居る。

 

お金そのもので考えるとわかると思うのだけれど、円もドルも為替は変動するよね。

それってお金に対する信用度の変化じゃん?

 

これはオンラインサロン=個人の信用の変換装置 においても同じなんだよね。

だから、オンラインサロン始めましたーって言って、色々実績アピールして仲間を増やしても、結局ポシャるのは、信用を勝ち得なかったからだ。 

信用を得られなかった或いは失くしたから、相場は下落する、みたいな感じ。

数字は確かに嘘をつかない。

そういう意味で、実績アピールしやす。でも信用を稼ぐ時、実はその数字は必要ないのかもしれない、と私は思う。

何故か。

人は言葉と数字に踊らされやすいから。ことの本質を見抜けなくなる魔法のようなもんだと思っている。

信用を稼ぐことが必要になると同時に、著書には書かれてないけど、信用があるかどうかを見抜く力も必要なスキルなはずなんだよ。

投資だってそうじゃない?

今は円が買いなのか、ドルが買いなのか…はたまたユーロか。勿論、相場の流れもあるけれど、世界の社会情勢とそれがいつ如何ようにお金の信用度に反映されてくるのか。今とこれからのお金の信用度を見抜くスキルが必要じゃん。

それが分からなかったら、いつドルに投資していいのか、言い換えればいつ誰を信用しても大丈夫なのかが分からない。それって、ただの博打。無知がゆえにね。

ツールが変わっても、結局必要なことは同じなのだと思う。

だから西野さんも言ってる。

「キミに必要なモノは『勇気』なんかじゃない。『情報』だ」の真相は、こういうことなんじゃないのかな。

 

オンラインサロン 志同じな人、この指とーまれ!

個人の信用にかけるオンラインサロンなので、やっぱりサロン主と趣向や思考があわないと加入する意味がないよね。

ということは、そのオンラインサロンに入る=志あるいは目指す先が一緒ってことなんだと思うわ。

 

そういえば、この本を先に読んでいた私の彼が、漫画の「ワンピース」みたいでさあ、と言っていた。これ、めっちゃ分かる。

俺は海賊王になる!ってルフィーが言いまくってるうちに、その思いとルフィーの人柄(信用だよね)によって勝手に仲間が増えていくじゃん。

 

西野さんは海賊王になる!とは言ってない。笑

かといって、西野さんは、俺はこれになる!とも明確な宣言していなくて、いつもどの本でもはぐらかされているというのか、出し惜しみ感半端ない。

これについて彼氏と話している時に、私はこれを出そうで出ない、まだ残っているっていう感覚で、残便感みたいだと例えたんだけど、彼には伝わらなかった。くそっ。(便だけにね。下品ですまん)

 

だからこそ思うのだけれど、こんな大きな規模になってさえも、西野さんが目指している先はもっともっと先にあると思うんだよね。

賑わいを見せている西野さんのオンラインサロンだけど、これはまだ仲間集めで、序章に過ぎない、はず。

ワンピースで言ったら、まだ、船に乗ってない。

これがねー、じれったいね。でも最初から手の内全部見せたらつまらないもんね。

次はどんなことするんだろう!?っていうワクワク感がなくなっちゃうじゃない。

そうそう。だからこの本、の特にオンラインサロンの章は、西野さんのオンラインサロン加入への道しるべ(早い話宣伝)だと思った。

人心掌握術と導線がマジ上手いっす。

 

新世界 「信用」の先にある自分だけの地図

うまいこといいますなー、と思った!本当に。

信用を稼いでいくと、不思議なことに親近感も湧くし、会いに行ってみたくなるでしょ。そうすると、西野さんも書いているけれど、物理的な距離が関係なくなる。

というか、もはやネット社会なので、すでに物理的距離と肩書は関係なくなってきていると思うんだよね。そういう意味で、今、フラットな社会が実現しようとしていると感じている。

 

これ、私の話になってしまうけれど言いたい!どうしても言いたい!

私は好きが高じて、自分の思考時間の確保とアウトプットもかねて、今こうして本を読んでは感想文をコツコツblogに書いている。

でもどうせだったら知ってもらいたいので、それをTwitterでシェアしている。言ってみれば読書仲間を集っている感じなのかもしれない。

したらばどっこい。

茂木健一郎さんの『ペンチメント』を読んで感想をあげた時、茂木さんがそれをTwitterで拾ってくれて、ちゃんとblog読んでくれて、感想までくれたんだよ。

いや、私の今このブログ、超ポンコツでアクセス数とかPV数すんごい低いのよ?

これが本当に嬉しくて、泣いた。笑

それから、この時、例えばフォロワーとか読者数の数とか、そういう数字はやっぱり本質ではない、とも痛感した出来事だった。

だって普通だったら世界の茂木さんになんか、会えないどころか、話せないさ。でもそれがTwitterを通して、出来ちゃった。夢みたいだって思った。

そして。

西野さんは「信用」という言葉を使っているけれど、これは「本質」と言い換えることができるはず。私が何故泣くほど嬉しかったかというと、自分の「本質」が数字ではなくて文字、文章でちゃんと茂木さんには届いたんだと思ったからだ。

西野さんの言葉を借りれば、私の中にあった地図の距離がグッと近づいた。

自分が身を持て体験しちゃったんだよね。本質によって、自分の世界が変わるってことを。

 

おわりに を読んで、泣いた人たち

かくいう私も、そして私の彼も、そのうちの一人です。はい。

泣いたさ、嗚呼泣きましたよ。

これは彼が言っていたことだけれど、ここを読んで泣くのは、きっと今も、そして今までも頑張ってきた人じゃないと泣けない!って。

私が『新世界』を読んだのは、茂木さんのことがあった直後だった。

少しだけでもいいから、挑戦して、

少しだけでもいいから、失敗から学んで、

少しだけでもいいから、傷を負って、

少しだけでもいいから、涙を流して、

少しだけでもいいから、思いを背負って

強くなってください。 

 これでグッときた。

偶然だけれど、私はこの1年で随分と環境が変わった。変わったというか、変えてきた。自分の想いがあって、そして好きという気持ちがあって、本を読んではブログを書くという形に今は落ち着いているけれど、ここにくるまでにめちゃ時間かかった。

そして、自分の中にはそこから先に描いているものがある。

西野さんは美術館だけど、私は図書館を作りたいんだ。もちろんその先もある。

だから私にとって、このブログは、ネット上のにゃんちー図書館だと思っている。

西野さんのしるし書店の、ネット版に近いのかもしれない。本を読んで、私の付加価値と共に発信している。それがblogという形で集積されていく、そんなイメージ。

 

それからね。実は私は大人の発達障害、ADHDとASDなのね。

しかもこれが分かったの、今年の話なんだわ。笑

紆余曲折あるものの、それまでの生活とお別れをして、とりあえず今は会社員のままで本当に少しずつ自分の生き方を変えている最中。

発達障害って、ようやく名前だけは知られてきたところだけど、ADHDや鬱もちは、極端に体力がない。

厳密にいうと、体力回復がすんごい遅い。少なくとも私はお医者さんに、人の2~3倍寝ないと持たないからねえと言われた。いや、そしたら1日寝て終わっちゃうが。

ADHDあるあるなのだけど、過集中といって、とりわけ好きなことに関しては寝食わすれて短期集中で、凄まじい集中力とともに自分のもってるスペック全部開放されて、がーーーって出来ちゃう、というところがある。

でもそのあと、ぷつりと電池が切れて、風呂も入れなければ布団からずーっと出られなくなっちゃたりもする。極端だよね。

まわりのトップランカーたちをみて、自分と比べて、本当に落ち込んだ。

ADHDは障害だから治らない。でもそれを言い訳に、やらないのは違う。だからといって、トップランカーたちと同じような行動力の発揮や、作業量はとてもこなせない。

私にとってはそれがすごく悩みで、どうにもならないんだけど悔しくて、やりたいのに出来ないという感覚だった。どうやってこの自分と寄り添って、生きていけばいいのかなあと。

だから西野さんのこの言葉に凄く救われた。

キミが頑張れるサイズは決して見誤っちゃダメだ。

まずは自分を懸命に守れ。

 

今はこれが私の頑張れるサイズ。ああ、やっぱりこれでいいんだと思った。本当に少し前に私はその気持ちには到達していたのだけれど、やっぱりもっと頑張りたいという気持ちもあった。

しばらく亀さんでいようと思ったんだ。今の景色を楽しむ。

今目の前のことに(私のサイズで)頑張ってみる。その先は、それから考えても遅くないと思うし。

 

さいごに

短くなるかも、といいながら、結構書いてたー。

 

オワコンといわれるblogだけれど、西野さんとはすこーし違うけれど、私は文字の力を信じている。

文字って、文章って、可視化されない部分があって、それにより想像力をかきたてることができる。それは想像できる余白があるから。そして、匂いや温度、他の感覚を喚起することもできる。そこに物凄く可能性を感じている。

そして、人は結局、言葉(特に活字)で動く、ということも。

だから、目に映るものが全ての答え、そこに映っているもの以上でも以下でもない、そういうコンテンツのほうが終わりを迎える、はずなんだ。

 

最後まで読んでくれた方、本当にありがとう◎

あ!そう。この際だから書いちゃうけど、ちゃんと『えんとつ町のプペル』についても読書感想文と、美術的観点からの考察と2本blog書いてるんだよ。

西野ファンの人がもし、ここに辿りついたんだとしたら、ついでなのでお暇なときに読んでくれたら嬉しいです。

といって、ちゃんと宣伝をして終わりたいと思います!

 

 

 


これで本当におわり!今日のところはこの辺で。

またにゃん。

今日も素敵な1日を。