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near2図書館 館長こと、にゃんちー。私の読書感想文と、頭の中の本をご紹介。日々の徒然(凸凹日誌)

食べること、それは「尊さ」

こんばんは。にゃんちーです。

今日の晩御飯は何かにゃ?

 

 

さて、今日の1冊。

 

『わたしのごちそう365』 寿木けい

 

わたしのごちそう365

わたしのごちそう365 | ムック / 書籍 | 株式会社セブン&アイ出版

 

「空腹を満たす素敵な食べ物なら街じゅうにある。
私は弱いから、ラクなほうに流されてしまうかもしれない。でも、作ることと食べることを誰かの手に委ねてしまったら、取り返しのつかないことになる。
だから踏みとどまって、自分を奮い立たせ包丁を持ち火に向かってきました。それはたとえば二日酔いの朝でも味噌汁だけはちゃんと作ることだったり、前晩の残りをちゃんと器に盛りつけ直して食卓を整えることだったり。
腰を上げる前は正直しんどいけれど、食べ終わる頃には充足感に包まれる。
だから料理を続けられるのだと思います。」【本文より抜粋】

Twitterフォロワー数9万人超え『きょうの140字ごはん』が1冊の本になりました。今までつぶやいてきた2000個以上のメニューの中から、著者が本当に美味しいと思った365レシピを厳選。「献立マトリクス」や「料理をラクにする心がけ」、「共働き夫婦の家事のくふう」など、食を軸にした暮らしエッセイも充実しています。
 

 

レシピ本っぽいけど、それだけではない。

Twitterでやっていたものだから、字数にかなり限りがあるのです。

実際に作ろうと思うと、ちょっと分からない箇所もあるけれど、そこは適当にやりました。笑

 

見ているだけでもワクワクする料理本です。

斬新な食材の組み合わせにワクワクしたり、あ、筍の季節だなーとか思ったり。

字数の制限も相まって自分でも作れるんじゃないかと、やってみたくなるものです。

目の肥やしていどにペラペラめくるだけでも楽しめますよ◎

 

 

わたしが自炊する理由

私は基本的に自炊します。

もう本当に、生野菜ちぎってサラダにするとか、そんな程度のものだけでも、自分で作れると、うんと幸せです。

食べることが好きだから料理するんだけど、それだけじゃない。

この本を通して、自分の食べること・料理することへの拘りの理由をとても考えました。

 

正直、料理は嫌いなのです。元も子もないこと言っていますが、本当に。

料理って、食材買って下ごしらえしたり作る前の準備、いざ調理、その後のお片づけまでが一連でしょ?

何が嫌って片付けも買い物も好きじゃないのだ。

調理中は段取りできないと躓くので、頭の中も忙しくなる。同時多発的にこなしてくので、時々テンパる。食べるまでが何しろ、長い!

 

それでも週末にはお買い物行ってどっさり仕入れてきて、時々作り置きとかして。

できるなら毎日もう1品は自分で作って、というのが私の理想です。

 

 

嫌々ながらも重い腰を上げて自炊する。なぜか。

他でもなく、自分自信を毎日労ってあげられる、慈しんであげら行為だから。

 

食べる ということ

腹一杯にさえなれば同じ、正直どうせなら美味しいものが食べたい。

でも毎日外食は、嫌。

 

食べる、人を良くする、と書いて「食」です。

言わずもがな、健康のために食事は大事です。でも食べることで良くなるものって、体の組織だけではなくて、心も育んでくれるんだと思っています。

 

私にとって「食べる」って、2つのことが含まれています。

 

1つは、自分で確かめるということ。

どんな食材使っていて、どんな風に調理すれば美味しくなるのか。

人間で言ったら、その子の個性を活かしてあげるだとか、本人が気が付いていない良さを見つけるだとか、そんなことに近い気がします。

そしてそういう行為がつまり料理な訳ですが、料理を通して自分のことも思ってあげられている気がする。

「今日は何食べたい?」とか自分に聞いてあげられる。

 

そして季節を、時の移ろいを「食べる」ことで感じていきたい。

空や草花を見る余裕はないかもしれないけれど、スーパーに行って、あ、筍の季節だ、とか、そうやって今自分がどんな時間に生きているのかを確かめる。そんな感じ。

 

 

そしてもう1つ。

 

一人の食事でも、外食しても「いただきます」「ごちそうさま」と手を合わせて言うことを欠かしません。無意識です。もう長年の習慣なので、直せません。

外食時にやると、一緒にご飯食べに行った相手に驚かれることもあります。笑

でも、私にとって「食べる」ための儀式みたいなものです。

 

いろんなことに感謝するんです。

食材という命にも、食材作ってくれてる農家さんにも、調理してくれた人にも、それが食べられる自分の今日の働きにも。

毎日のご飯って、特に晩御飯は、私にとって労いのご馳走です。

すごく高いもの、良いものを食べている訳ではありません。

そういうことではなくて、「今日もお疲れ様。ありがとう。」って思う瞬間が、「いただきます」と「ごちそうさまです」なのです。

 

食べ物そのものも体のためには大切ですが、友人の名言で「空腹が一番の調味料」というのがあって、上手いな!と思ったんです。

空腹になるくらい、うんと働く。そして一日の最後にご飯を食べれたら、もうご馳走じゃないかと。絶対、美味しい!って思うでしょ、きっと。

 

なんだか美味しくないなーって思う日もあります。

食欲ないとか体調不良とかもありますが、私は美味しく食べられるかどうかが、結構自分のバロメーターになっていて。

美味しくないって思うときは大抵、お腹空くほど頑張れなかった時だったり、何か悩んでいて味覚嗅覚が鈍感になっている時です。

 

食べるって、食べ物を口にして消化してエネルギーに変換するだけの作業じゃないと思っています。

自分を振り返ってみたり、感謝したり、色んなことが詰まっている。

だから、私は「食べる」ことを大事にしたいと思っています。

別に誰に教わった訳でもないんだけど、どういうわけか、今、ここに辿り着きました。

 

著者の寿木けいさんの食べることいついて書かれている、あとがきを少し引用します。

腹がぐうと鳴り・・・中略・・・、胃を膨らませる。この寧静なマンネリズム・・・略。

それは「尊さ」

 

ああ、まさにそれだ!と思いました。

私が大事にしている「食べること」への活字にならないモヤモヤは、言葉にすると本当にそうだ、これだって。

そう、尊さ。

ひと昔前に、食育なんて言葉が巷を駈けずり回っていましたけど、ここまで教えてくれていたのだろうか。結局、栄養バランスとか食べるものに拘っていただけじゃなかろうか。ブーム的な感じで終わってしまったのは、普遍的じゃなかったからだろう。

 

 

最後に

今朝は何を誰と食べましたか?

今夜は何、食べたいですか?

 

独りぼっちのごはんだったとしても、ちょっと自分を労ってあげてください。

良いものじゃなくて良いんです。

「何食べたい?」って自分に聞いてあげてください。

 

「いただきます」って言ってみてください。

きっと会ったことはないけれど、農家さんの顔が浮かんでくるかもしれません。

もういっそさっきのコンビニのレジのおばちゃんでも良いです。笑

 

「ごちそうさま」って言ってみてください。

そして心の中でこう言ってあげてください。「今日もお疲れ様、自分」って。

ご飯食べられるくらいは働いたもんね!って。

 

毎日のことだから、そして1日のうちに何度もある事だから、生命維持活動に必須行為だから、ついつい作業的になってしまう「食べる」という事。

 

でもそれ以上に想いを馳せてみて欲しいです。

そしたらちょっと、一人飯も寂しさが紛れると思います。

そしてほんのちょっと、「食べる」ことを通して、自分をぎゅっと抱きしめてあげられるんじゃないかと思います。

 

食べるって、結構深い。

愛情深いことなんです。人に対しても、自分に対しても。

 

 

今日はこの辺で。

さ、寝よう。おやすみにゃん。