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near2図書館 館長こと、にゃんちー。私の読書感想文と、頭の中の本をご紹介。日々の徒然(凸凹日誌)

穏やかに見えても、いつだっそこには波がある

こんばんは。にゃんちーです。

どうにも時間管理がうまく出来ないのか、はたまた全部を全部こなしたいと思うからなのか、いっつも1日の時間が足りないと思ってしまうー。だって、全部やりたいんだもん!ぐぬぬ

 

 

さて、本日の1冊。

 感想文というより、解説文になってしまいそうな気配。

 

 

『15歳のコーヒー屋さん』 岩野 響 著   KADOKAWA

 

www.kadokawa.co.jp

発達障害、15歳のぼくがコーヒー屋さんをはじめました
10歳で発達障害のひとつ、アスペルガー症候群と診断。
中学校に通えなくなったのをきっかけに、あえて進学しない道を選んだ15歳の「生きる道探し」とは?

現在、15歳のコーヒー焙煎士として、メディアで注目されている岩野響さん、初の著書! ご両親のインタビューとともに、ベストセラー「発達障害に気づかない大人たち」著者、精神科医・星野仁彦先生の解説も掲載。

KDOKAWAのHPより拝借。

 

 

 

 

私がなぜこの本を読もうと思ったのか。

 

にゃんちーこと、私、ADHDです。何度か書いてますね、これね。

通称ADHDは、日本語の医学用語では、注意欠陥・多動性障害といいます。

アスペルガー症候群、これは他にも自閉スペクトラム症と言われ、通称ASD。他にも学習障害、通称LDというものもあります。

これらを総じて「発達障害」と言います。

 

そして、これらの発達障害と呼ばれるものを、複数抱えている人もいます。恐らく、単発で持ってる人のほうが少ないのではないでしょうか。

オリンピックのあの五輪の輪っかを思い浮かべてもらうと分かりやすいのですが、ADHDASD・LDの3つの輪は、五輪の輪の如く、他の輪と少しずつ重なっています。

 

私も例外ではなく、ADHDかつASD気味です。

症状的にはADHDの傾向のほうがずっと強いです。そして、ADHDにもASDにも同じ特性(障害由来の性質)もあるので、どちらの症状なのか、本人でも区別がつきません。

通院していて、そういうところはASDっぽいよねー、って先生に言われます。私の場合は、そんな程度です。

拘りが強いあまり生活に支障がでる、ということは、今のところは私としては感じていない。

(何故こんなに回りくどい言い方かというと、それを周りがどう受け取っているのかは知らないから。)

 

簡単なチェック項目だけを見ると、ADHDASDの傾向が自分にもあるという人もとても多いと思います。かくいう私だって、こんなの、みんなそうなんじゃないの?って思っていました。まさか自分が当事者だっただなんて知る由もない頃の話です。

グレーゾーンといい、実際のところ発達障害は、限りなく黒に近いグレーから限りなく白に近いグレーまで、症状の重さは千差万別です。

 

著者の響君のように、私はASDではないけれど、それっぽさを持ち合わせているので、この本が気になって気になって…。しかも私の大好きなコーヒーを作っていると言うではないか!というのが初めの動機です。

実は一人暮らしをはじめて、落ち着いたころに読んだ本。

超自由!と思ったと同時に、はてさて、何にも邪魔されない分、どうして生きていこうかと悩んだ時期でもありました。

年齢とか関係なく、ASDADHD、いわゆる発達障害をもった人たちって、どうやって生きているんだろうと素朴な疑問を持ったことが、何よりものきっかけでした。

 自分の特性との付き合い方と環境

 

正直、響君のようなケースは稀有だと思われます。

響君が自分を受け入れていく様と、両親の心境の変化と、響君へのフォローを読んでいくと、本当に恵まれているケースだなとつくづく思いました。そうは言っても、実際のところ、ここに辿り着くまで、本人もご家族も大変な思いをしているはずです。

色んな意味で葛藤があったと思う。

 

症状を自覚することなく、なんとなく生きづらさを感じながら生きている人も多い。そしてそれが障害だとわかったとしても、周りの理解もなく無暗に、頑張れ、とか、私もそういうとこあるよ、とか言われちゃって当事者は更に苦しむなんてザラなのだ。

 

似たような症状を抱えている一人として、この本を読んだけれど、障害に限ったことではない気がする。

みんな得意不得意、つまり凹凸があるわけで、在り来たりな言葉で言えば「みんな違って、みんないい」なんだけど、実際それを受け入れるって簡単じゃない。

 

まして、障害も個性、だなんて他人に容易く言われたくはない。

 

多かれ少なかれ、障害といわれるものを持つ人にしか分からないことも多い。特に体感的に感じることは、同じ症状にならない限り、まず分からないだろう。

ただ、人間は素晴らしいことに想像力があるものだから、相手の立場にたって、なんとなーく分かったつもりになってしまう。

 

でもそれ、全然違うんだよ。本当に。

骨を折った痛みは、同じように骨を折ってみないことには本当の意味では分からない。

障害も個性だって言えるのは、当事者だけだ。本人がそう思えない以上、それは周りが強要することではない。そしてその言葉は、慰めにもならない。当事者を傷つけるだけなので、そういう安っぽい言葉はできるだけ控えてほしい、私なら。

 

何よりも、本人が、どうしてこんなに上手くいかないんだ!どうして普通のことが普通に出来ないんだ!普通になれない自分はダメなんだー!って思っているのだから。

どうして出来ないの!って怒られまくって育つことが多いので、自己肯定感も非常に低い。そしてそのまま、大人になっていく。素直な頑張り屋さんなので、出来るまでやる。知らず知らずのうちに、自分を追い詰めていってしまう。そして、鬱など二次障害を患って初めて病院に行き、自分が発達障害だったことを知る。

 

生まれ持ったものなので仕方がないのだけれど、世間一般には障害と言われ、その障害からくる自分の凹凸っぷりを受け入れて、初めて個性だと思える。

そうしてやっとの思いで、自分を真に活かすことを考えられる。

周りの理解が得られなかったら、その場を離れる他ない。そういうものなのだ。

 

最後に

響君のお店、というか厳密にはコーヒー焙煎の研究所は、ホライズンラボという名前。どうしてその名前にしたのか、響君の結びの言葉が、とても素敵です。15歳でここまで考えられるって、感性豊かだし、相当自分と向き合ってきたんだなということが分かります。

長いけれど、ちょっと引用。

「HORIZON LABO」という店名は、家族でタイ旅行に行ったときに決めました。

 その日、ぼくたちは船に乗っていました。海の向こうには穏やかな水平線が見えます。だけど、海には波があり、遠くから見ると穏やかに見える水平線も、近づくとやはり波があって、それを乗り越えていかなければいけない。

 その波を、自分たちが抱える困難というか、課題ととらえて、乗り越えてきたいと思ったんです。・・・中略・・・。

 水平線が穏やかでないように、じつは穏やか、なんてものはない、たとえ自分の夢や希望が満たされたとしても、やはりそこにも波があって、いろいろと大変で、いつだってがんばって波を乗り越えなければいけない。

 だから、つねに希望をもって、広く穏やかな場所を目指してがんばっていこう。そんな意味を込めて、ホライズン(地平線)と名付けました。

 

 地平線かー。

すごく素敵な例えで、感受性が豊かだなって思いました。

確かにそうだよね。きっとみんな、そうだよね。大波小波、さざ波かもしれないけど、そういう波の中で生きている。そうやって波を1つ、また1つと越えて先へ進む。

当たり前のことなんだけど、それを地平線というと、ぐっと冒険心が湧てくるというか、人生という大航海の旅って感じがして、わくわくするのでとても好きです。

そう思える響君は、今をとても楽しんで(楽しいことばかりじゃないでしょうけど)生きているんだろうなと思わずにはいられない。そう思うと、なんだか嬉しくなるのです。

 

 

本日の1冊は、この辺で。

 

話が全然かわるけど、blogのデザインを変えました。イラストレーターのカナヘイが大好きなんだけれど、カナヘイのデザインでは何しろ字が読みにくくって…泣く泣く変えました。ちょっとCSSを工夫したりだとか、blog改造の勉強が必要だにゃん。という独り言で今日は終わります。

 

またにゃーん。